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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
「女装M」×「男性S」【10】
 通路に示された自販機のマークの先を入ると、ドアのない3畳ほどのスペースに2台の自販機が並んでいる。

 人通りが決して少なくはない廊下から、数m横に入っただけで、一瞬だけ音声を切り取られたような静かな空間に、自販機から発せられる軽い振動音がかすかに響く。

 ぼんやりと壁を眺めながら強めの炭酸水を飲んでいた時、「彼女」は突然現れたのだった。

 たちまち、狭い空間は、「彼女」から柔らかく揺れる髪から発せられる芳香で満たされていく。狭い空間で鉢合わせした気まずさを隠すように軽く会釈をしながら、自販機の前から身体を返し、外に出ようとした瞬間、たまたま腰からカラビナで下げていた携帯電話が、「彼女」のバッグに丁度触れ、そのまま強く絡みながら引っ張られた。

 「あっ・・・!ご・・・ごめんなさいっ・・・」

 慌ててほとんど同時に声を上げる。
 伸縮するチューブのようなストラップを付けていたため、予想外に離れた場所まで引き絞られたまま、私は絡んだ携帯電話をほどくように取り外そうとした。

 鼻先に、私より背の低い「彼女」の髪が近づく。

 平静を装い、それでも焦りがにじみ出た声でほんの二言三言話しをした。特に何を話したわけではなかったけれど、私の頭の中には「彼女」の身体から発せられたえもいわれぬ薫りと、全身にしっかりと女性らしい丸みをたたえた柔らかそうな肌に頭の中は支配されていた。

 同時に、「彼女」にとっても、初めて会った男性と言葉のやりとりを交わすこと自体あまりありふれたことではなかったらしく、このときの不思議なやりとりはお互いの頭の中に深く刻み込まれている、と思う。

 一度お互いの顔を認識してみた途端、我々はすぐ隣のフロアのオフィスで働く半ば「同僚」のような存在であったことを知った。

 それから先、「久しぶりにできた同じビルの中で働く新しい異性の知り合い」としてお互いになんらかのつながりを持つことが、それまでとても長い時間を「完全なる他人」として過ごした二人の間に、微妙な新しい「関係」を築いていくきっかけになっていった。

 私達は、携帯電話のメールで「おはよう」と「おやすみ」を言い合う仲になり、たまたま帰宅時間が近い場合は、申し合わせて一緒に駅までただ、二人で話しながら歩くようになっていった。

 「彼女」の持つ、「えもいわれぬ薫り」は数種類の香水の中から選んだ薫りが醸し出しているもので、私は、すっかりその芳香の虜になっていた。

 街の雑踏で、通勤電車で、「彼女」の薫りの成分と同様な匂いを嗅げば「彼女」のことを思い出し、たまたま社内ですれ違うたびに、私は「彼女」の両肩を掴み、驚く表情にひるみもせず、荒々しく衣服を破いてその素肌に顔を埋め、全身に舌を這わせ、全てを舐めとる欲望が身体にたぎることを自覚せずにはいられなかった。

 「彼女」が一番好きだといった香水、それが、

「クリニークのHappy」

だったのである。

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