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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
「悦楽ツール」
 外国のSMサイトや動画には、古城全体を「SM仕様」に改装して、奴隷部屋や懲罰部屋、そしてその中の調度品や大がかりな拘束器具を作っているものが多い。

 映画でいえばハリウッド映画みたいに、セットそのもののスケール感で説得力というか、世界観を表現しているような感じを受ける。
 対して、自分自身が手に入れることのできる「悦楽の世界」を構築するために使えるツールは、そう多くはない。

 今まで、時折SMショップに出かけては新しい種類の道具を見て、実際に自分に使うために買い求めたり、命じられていくつかの道具を自分に施してみたことはある。麻縄も、各種のバイブも、浣腸器も、枷も、試せるものは一通り自分自身で試してみた。

 ちゃちな作りの割には高価な道具たちは、それ自身で私の身体に悦楽を与えてくれたとは言い難い。「一人きりのSM」が存在しえないことだけは学べたけれど、それが投じたお金に見合っていた価値のあることかどうかは疑問だ。

 御主人様の前で、全ての顔を晒して下僕として責めてもらうことができるようになった今ほど、今まで試した「悦楽のツール」を使っていただくのに丁度いい時期はなかったはず。

 しかし、実際は、首輪を着けていただくことくらいで、何回も買い直した女装用の道具も、バイブレーターも、浣腸器も蝋燭も拘束具もあまり使うことがない。

 使うことがない、というより、その必要が感じられないのだ。

 男性の私は、アルファインの中においてあるようなイスにくくりつけても被虐の美しさが映えるわけでもない。バイブは基本的に苦痛を与えてはくれないし、御主人様が与えてくれる最上の場所以外で射精したいとは思わないから、「連続射精責め」みたいなことも現実的ではない。

 御主人様が一番喜んでくださるのは、鞭。そして、私が一番望むのも、鞭による激しい痛みである。しかし、お互いに逢瀬の時間を作ることすら容易ではない状況で、いつでも鞭が振るえるように準備をしておくことはとても難しい。結局はクリップや「鈴」など、ほんの少しの道具以外、ほとんど使えない。

 でも、もう、それで十分なのだ。

 御主人様の指先が身体を伝うだけでざわめく自分の身体は、簡単に触れられる距離にいるのに触れてくださらないだけで、心に焦燥感が満ちてしまう。

 痛みに支配された快楽の中で、手のひらの温もりを自分自身に感じる瞬間、暴発しそうなほど御主人様を求めて哮り狂うってしまう。

 拘束は、そこまで心と体ができあがってから初めて意味のあるものになるのだろう。

 不必要に装飾された、「いかにもSM」然とした道具はもう必要ない。そして、「これからする行為がSM」であることを無理矢理醸し出すための場所も、もう必要ない。

 御主人様の視線が私を下僕として見つめた瞬間から、私はSMの悦楽世界に全身を委ねられる。

 身の回りの道具を「魔法の悦楽ツール」に換える力は、御主人様と下僕としての私、その心の中にあったのだと、最近になって、気づいた。

 



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