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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
妄想を展開する【15】
 「ありがとう・・・、もう・・・大丈夫だから、手を止めていいから・・・」

 胸元の前に両手を合わせ、肘の辺りで両胸を押さえ、知加子が私の腕の中で苦しんでいる姿は、いつもオフィスで私の目の前を横切る時の彼女と同じだった。

 しかし、知加子の表情には、苦悶の痕がまだ消えずに現れている。二の腕全体から伝わる痛がゆさと、擦過熱が続いているのか、時折深く息を詰まらせ、数秒後に呟くように低く息を吐く姿を、私は無言で眺めるしか無かった。

 「済みません・・・、済みません・・・」

 どうすることも出来ず、いたたまれずに謝罪の言葉を並べてみるが、私の言葉に答える余裕が、知加子にあるはずも無かった。
 私の両腕に確かに体温の温もりを伝わり、知加子の甘い香りが漂っている。

 (離したくない・・・、ずっと、こうしていたい・・・)

 私と知加子のわずか数十センチの距離は、つい先ほどまでは「一方的に好意を寄せる変態性欲者とその標的」の関係として、それなりに成立しているはずだった。しかし今や、ただ詫びを述べる女装姿の半裸の男の腕の中に眠る女性は、性欲の標的にされているようには見えないだろう。

 それだけ、今の私の姿は「異常」なのだ。

 「どうして・・・、こんなことを・・・?」

 涙が滲んでいた両目の潤みがまだ取れないまま、知加子が私を真っ直ぐに見つめている。

 「ごめんなさい・・・済みませんでした・・・」

 私は、謝罪の言葉以外、何も口にすることはできなかった。なぜか、その理由は、言っても分かってもらえるはずもないのだから。

 「謝るのはいいから、どうしてか教えてください」

 「・・・。・・・。」

 唇の手前まで、(貴方が欲しかったから)と、言いかけて声を止める。本当に言えたら、どんなに楽だっただろう。それが本当の理由であることに嘘はないのだから。けれど、理解してもらえない理由は、口にするだけ無駄なこともよく分かっていた。

 「それ、何が入っていたの?、黙っていたら分からないでしょう?私、理由を聞きたいんです、説明してください、私に分かるように」

 「・・・、・・・」

 沈黙が続いた。

 「何も答えてくれないんですね。それが答えなら、私にも、考えがあります。こういう状況になれば、私が何をしても、貴方からとがめられることもないわけだし・・・」

 何かを決心したように、私の腕の中から立ち上がる知加子の姿を、私は半ば放心したような顔でただ眺めていた。

 「中に何が入ってるのか、って、聞いてるんです・・・どうして答えられないんですか?」

 目を伏せたまま、肩を落として床にへたりこんでいる私の横をすり抜け、知加子がバッグを手に取り、ファスナーを開ける音が聞こえた。

 「・・・、ちょっ・・・と、何・・・これ・・・っ・・・」

 知加子のものと同じデザインのバッグの中には、普段、知加子が身につけていたものと同じものを、可能な限り調べ、一つ一つ揃えていた。

 ギャザーの入ったカットソー、大きめのモノトーンの花柄が入った白いスカート、4cmヒールのサンダル、そして、それらをまとめる香りは、知加子が使っているのと同じコロンの香りをまとっている。

 「・・・、・・・っ・・・、っと・・・これ・・・、どうして・・・」

 知加子は絶句したまま、バッグの中身一つ一つを床に取り出しては私がなぜこんなことをするのかを考えていたのかもしれない。私は、自分が描いた「計画」が、ほんの少しの配慮不足で崩れたことを自覚した瞬間から、何の抵抗もせず、ただただ全てが明らかにされていくことを受け止めるしかないかのようにうなだれていた。

 「もう一回聞きます。どうして、こんなことをしたんですか?」

 床にバッグの中身を取り出し終わると、知加子は自分のバッグを両腕で抱え、私の目を見つめて、訊く。

 「申し訳ありません・・・。・・・・・・」

 「そう。言いたくないなら、仕方がありませんね・・・。私、私がすべきことは、きちんとさせてもらいます。償いはきちんとしていただきますから・・・、謝った、ということは、納得されてる、と思っていいんでしょうから・・・。」

 「・・・」

 「残念です。まさか、貴方がこんなことを、こんな趣味を持ってる人なんて思いもしなかった・・・。知ってたら、少しでも貴方に気を許すことなんて無かったのに・・・。
 もう、何も言えないようですから、失礼させてもらいます。鍵、持ってるんでしょう?開けてください」

 私は、夢遊病者のような表情のない顔で、知加子に鍵を私、無意識に時計に目をやった。

 視線を知加子に戻した時、もう、彼女の姿は廊下の明かりに照らされたシルエットになり、次の瞬間、部屋全体を漆黒の闇が包んでいた。

 腕時計の文字盤と針が発光して、蛍のように光っていた。

23時少し過ぎ、全てが、終わった瞬間だった。

 

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