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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
顔のない関係【08】
 メイクをするための道具とウイッグが揃った。

 「女装の世界」に足を踏み入れることをどこかで拒み続けていた私だったが、その頃にはもう、禁断を乗り越える後ろめたさよりも、どうすれば人に怪しまれることなくこの部屋で女装することができるのかしか考えなくなっていた。

 近所の書店には、ニッセンの無料カタログが山積みされていたし、母がセシールで買い物していたから、通販で全てを揃えることが一番簡単だっただろう。しかし、男性の名前で女性の洋服ばかり頼んでいると、自分の名前がどこかのコンピューターに登録されるような気がして、注文できないままでいた。

 手っ取り早く、女装に必要な道具を集めるため、女装者であれば一度は必ず店名を聞く、老舗の女装専門ショップに出かけてみた。
 ショップの地図をプリントアウトした紙を小さくたたんで片手に握りしめながら、電車の線路と並行した道路を歩く。繁華街とは言い難い生活道路に面して、駅前によくある居酒屋や小さな店が立ち並んでいる。

 確信を持った目的地に向かってまっしぐらに歩く何人かの人々に後から追い越されながら、店をめざす。

 やがて、何軒も続いていた飲食店が途切れ始めるころ、工場横に、ショップの入り口になっている小さな扉が見つかった。

 時折行き交う電車の中から、私がこの店に入ることを偶然見かけてしまうことのないよう、タイミングを気にしながら、ドアを開けて店内に入る。

 (へぇ・・・、こんなに、なってるのか・・・)

 店の中にはどぎつい色の下着がずらりと並べられ、先日あまりにも場違いな雰囲気の中からやっとの思いで手にしたウイッグも、様々な種類が一度に並べられているのが見えた。

 店の狭い通路を中に進もうとすると、取り立てて印象のない顔のスーツ姿の男性2人とすれ違った。彼らも、女装への興味が捨てられず、自分の性衝動をもてあました私のように、ここに入ってきたのだろうか。

(それにしては・・・、透明な感じだな・・・)

 淡々と、本当に淡々とバーゲン品になっているブラジャーを手に取る仕草からは、私のように、思いあまってドアを叩いたような戸惑いが全く感じられなかった。

 考えてみれば、「女装」と「SM」は違うジャンルといえないこともない。女装を志すきっかけは、縛られた女性の美しさに魅せられた私のようなマゾヒストばかりではないのだから。

 (それにしても・・・、随分、高いな・・・)

 通販カタログに掲載されている、「発売直後のメーカー一押しもの」のブラジャーと、何の変哲もない「普段使いの」ブラジャーの値段がさして変わらないくらいの値札をつけて売られている。

 それらは明らかに、日陰の性癖を持つ者が隠れて買うために置かれた商品でしかなかった。並べられた洋服は、20年近く前の趣味のものか、やたらに派手で、場末のストリップ劇場に出てくるようなどぎつい色のものがほとんどだった。

 下着と、ジャケットとスカートを買うだけで、ゆうに数万円が飛んでいきそうな値段にさすがに躊躇し、物色するだけで帰ろうとしたとき、レジに座った中年女性が、声をかけてきた。

「貴方、初めて?」

「あ・・・、あ、はい・・・」

 まさか声をかけられるとは思わなかった。何も買わずに帰ろうとしていたところだったので、決まり悪い感じが隠せない。

「サイズは?」

「・・・」

 そんなこと、聞かれてもわかるはずがなかった。無言でいると、女性は勝手に話し始める。

「ジーンズのサイズは?・・あ、そう・・・。でも、貴方なら、ウエストは64くらいで大丈夫じゃない?」

「は・・・はい・・・」

「うちには着替えて化粧するための部屋もあるからね、気に入ったらおいで。仲間も沢山いるし、ね?」

「はい・・・」

 何を返事していいかわからない。早く、その場を離れたい気持ちだけが体を満たしていた。

 手っ取り早く下着と洋服を手に入れるためだけに訪れたショップで、結局は何も手に入れられないまま私はそこを後にしていた。

 帰りがけ、駅前の、バーゲン品ばかり売るような婦人衣料品スーパーの前を通った。さっきと1桁違うほど安い値段で売られている下着や洋服は、今し方見てきたショップの中に置かれているものより、ずっと「今風」だった。

 (こんな駅・・・もう来るはずないな・・・)

 意を決した私は、実用一点張り、といった感のある建物の中に入り、黒のブラジャー、タンガショーツ、エナメルのような素材のジャケット、タイトスカートを買い、逃げるようにレジから駅に走った。

 手提げのビニール袋の中に、間違いなく、女性が身につけるような下着と洋服が、包まれている。

 (これで、やっと揃った・・・)

 不思議な安堵感と、緊張がほぐれた疲れが押し寄せて、帰り道の電車ではずっと目を閉じていたような気がする。

Webcamの前で、「女」になる日は、それから、数日後だった。



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